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長井校長ブログ

人脈と飲み屋に強くなる!

【2009年1月20日】 長井和子の「飲み屋探しによる引き寄せの法則」その5 三島・三宿編


2週間のご無沙汰でした。


さて、沼津のバー巡りをした翌朝は、博多のもちづきさんに教えてもらった「イトーヨーカドー斜め前」にある、古いお酒をコレクションしているという酒屋さんへ。
で、お昼はそこで教えてもらった沼津港の市場へ・・と、これがスンゴイ混み様で、人気店にはとても近づけない。ま、なんとかお寿司屋さんに潜り込み、昼間から日本酒などを・・。

それから船で戸田(へだ)に渡りました。ちょっとお祭りっぽいけど、でも、もしかして物産展?ともとれるようなお祭りをやってました。ワタシはそこで親切なおばさんからいただいた福引き券付きのチラシで福引きを引き、「ガランガラン1等賞ー!」を当てました。ちなみに私に券をくれた親切なおばさんは、私の前に引いたのですが、ティッシュでした・・。


そこでまた日本酒を飲んだり、焼き鳥を食べたりと時間をつぶし、沼津に引き返した頃にはいい加減に陽がくれて来て、いよいよ三島に向けて出発です(とは言ってもひと駅なのですが)。
この「BAR YUMOTO」も、ビクトリーと同じく、住宅街の奥のくら〜い一角にあります。
電話で聞いてはいましたが、確かに入口がわかりにくい。
昨年、倉敷に行った時、「風」とかいうバーを探して、地図を片手に路地を行きつ戻りつしたことを思い出しました。


その、バーらしからぬアプローチを行き、奥のドアを開けると・・。ジャーン!そこは「京都」のバーでした!
木の香のするような清潔な店内。長く延びたカウンターエンドには、ライトアップされた植え込み、そしてその向こうには川が・・(写真がぼけぼけで、こんなんしかなくてすいません)。


IMGP0596.JPG


反射的に、祇園は白川沿いのバー、「IT'S GION DUEX」を思い出しました(そー言えば、あそこも半端じゃなく入口がわかりにくかった。白川の対岸からは2階に確かに灯の点るバーが見えるのに、川の裏手の路地をいくら探しても入口がない・・お客を入れたくないとしか思えないような造りになっていました。興味のある方は探してみてください)。


さて、電話に出て道案内をしてくれた感じの良い女性は、ゆもとさんの奥様。そしてなんと、2008年全国バーテンダー技能協議会で優勝したというエライお方だったのです!そんなそぶりはみじんも見せず、あくまで謙虚。
あとでネットで調べたところ、

「全国大会で女性が優勝したのは12年ぶり、3人目。さらに、喝采を意味するネーミング『アプローズ』で創作部門1位を獲得。フルーツカッティングでも1位になり、ベストネーミング、ベストテイスト賞も得て、総合優勝を果たした」

というスゴイスゴイ方だったのでした。
ちなみに今年ドイツで開かれる世界大会に日本代表として出場するそうです。
で、もちろんダンナさまの方もタイトル保持者。夫婦揃って、というバーも、日本中でここだけかもしれません。
そんなこんなでカクテルはもちろんモルトだのスコッチだののお勉強をいっぱいさせていただきました。
次の写真を見てください!お勉強してる感じが出てるでしょう?


ゆもと本.jpg


そして当然の流れとして、「今日はどちらからですか?」「東京から・・」
「うちのことはどうして?」ということになり、博多のもちづきさんに聞いたと言うとびっくり。
沼津のバーをあちこち教えてもらい、酒屋さんの情報も教えてもらったこと、青山で「BAR AOYAMA R40」という名前の、40歳未満お断りのバーをやっていて、特級表示のウイスキーやブランデーを探していること・・さらに静岡のブルーラベルに話が及び、下北沢のバーテンさんに飲み放題の話を聞いて前々から行きたいと思っていたこと、などなど。


「下北沢はよく行かれるんですか?」
「ええ、家が駒場東大で近くなので・・」
「じゃ、三宿とかも・・」
「ええ、近いので、時々」
「僕の友達も三宿の方でバーをやってるのがいるんですよ」
「そーなんですか、なんていうバーですか?」
「三宿っていうより・・古い商店街を行ったすごくわかりにくいとこなんですけどね」


(ん?もしかして、それって・・)


「チェロっていうんです」
「なんだ、やっぱり!それ、稗田さんのとこじゃないですか!」
「え?そうですけど・・ご存知なんですか?!」
ご存知も何も・・稗田さんという人は、元々下北沢の「FAIR GRAND」という「なかむら」系列のバーにいて、3年ほど前に独立した人で、シモキタ界隈のバーテンさんで彼を知らない人がいたら、ワタシを知らないくらい、「潜りのバーテン」であると言えます???
「えー、稗田さんとお友達なんですか・・稗田さんのとこ、どんどんいい感じになってますよね・・」
「僕、銀座の『タリスカ』にいたことがあって、その時一緒だったんです」

「そうだったんですか!ギンザにいらしたのなら・・」と、最近あんまり、というかほとんど銀座に飲みに行ってない私としては
「毛利バーとかオードヴィーとかがオープンしたとき、知り合いが設計をやってたので・・あの時、たしかちょうど2週間くらいの間に両方オープニングがあって行ったんですけど・・」と古いネタをふると
「あ、そうでしたか、タリスカもあのあたりから近いんですよ」とちゃんと話を合わせてくれました。


で、話はシモキタにもどります。
シモキタでは30代前半から半ばまでに独立して行くバーテンさんが多く、またそのバーテンさんたちが仲良しで、みんなお互いのバーに飲みに行ったり、朝までやっているお店に集まったりして、情報交換も盛んです。
その相関図もなかなか面白いものがありますが、「稗田 兄ぃ」は、その中でも皆が尊敬するバーテンさんとして一目も二目も置かれる存在なのです。


彼が独立した時、DMを貰って尋ねて行ったのですが、まぁ、ちょっと一筋縄ではたどり着けないところにありました。戴いた地図では「下の谷商店街」(このネーミングも東京・世田谷とは思えませんが・・)というところにあるはずなのですが、まずその「下の谷商店街」を見つけ出すまでが、地元民ではないとハードル高いです。
やっと見つけたそれは、ぼんやり灯った街灯にそう書いてあるからそうと思えるだけで、どう見ても住宅街の裏路地。「商店街」というイメージからはほど遠い佇まい。所々に商店らしきものはあるものの、夜はみーんな早じまいのようなのです。


ほんと、初めてのときは心細かったです。
しかもやっと尋ね当てた「CIELO」は、名前とはうらはらに居酒屋居抜き状態!
こんな場所にこんなにお金をかけずにバーをオープンした稗田さんの勇気を、ワタシは心底尊敬しましたね。


で、2度目に行ったときは、まだ造りは居酒屋でしたが、お客さんがすっかり定着していました。もちろん「ジモティ御用達」。ちょうど帰ると言っているおじいさんがいたので、私と連れはその席が空くのを待っていたのですが、酔っているのかぼけているのか(たぶんその両方)、席を立ちかけたおじいさんはなかなか帰ろうとしません。
稗田さんは辛抱強くつきあって、時間をかけておじいさんを丁寧に送り出していました。
周りのお客さんも慣れたもので、私たちに「すいませんねぇ」という感じの対応で、なかなかあたたかなコミュニティが確立されていて、「サスガ!」と、感心したのを覚えています。


で、3度目に行ったときには「あれ?ちょっと感じがチガウ・・?」
いつの間にやら居酒屋らしさは姿を消し、ナンカ「バーっぽい」雰囲気になっていました。すこしづつ内装に手を入れたり、棚を変えたりしているそう。
さらにまとめてお店を閉めてヨーロッパに買い付けや勉強に行くような離れワザもやっているらしい・・。


4度目は、三茶の和食屋さんで食事をしたあと、「どこかこの辺にいいバーってありますか?」と聞いたところ、
「う〜ん、この近くはわからないんですけど・・ちょっと歩きますけど、オススメのバーがありますよ」
「教えてください!」
「ここを出て、茶沢通りをシモキタ方面に行って・・右にはいってしばらく行くと小さな商店街があって・・わかりにくいんですけど、その先の左側に・・」
「チェロ!」
「なんだ、知ってたんですか」
「ここから近いとは思わなかったんで・・」
「彼、バリから帰ったばっかりで、スゴイ焼けてましたよ」
「じゃ、これから行って驚かそう!」
そのままCIELOに行き稗田さんに
「ずいぶん焼けましたね・・バリはどうでした?」
と聞くと、そりゃもう、びっくりしてました。


あれからヨーロッパにも何度か行ったらしく、アンティークのカップボードに高級グラスもならび、お店の雰囲気はすっかり「バー」になっていました。
そしてお客さんの層もすっかり様変わりしていました。


サスガ、バーテン仲間の有名人、稗田さんです。


・・というわけで博多から始まった飲み屋の旅は、シモキタにまで戻って来ました。
次回、静岡のブルーラベルのお話をしたいのですが、その前にちょっとサンフランシスコに寄りますね・・。


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